「挑戦の裏側には挫折と応募がある」メキシコの起業家、西側 赳史さん

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中南米と日本を繋ぐ架け橋になる。そんな思いでメキシコを舞台にする企業家の西側さんとお会いしました。

西側さんはEncounter Japan兼Tokyo DivertidoのCEOで、主に飲食、宿泊施設の経営や日本産品の輸出事業など日本、メキシコ間で幅広く事業を展開されています。

高校時代のサッカーでの挫折から「自分には才能がない」と自暴自棄になったこともあるが、どのようにして再び息を吹き返し、現在のような挑戦をすることができたのか。

また、メキシコで企業に至る経緯などお話しを伺ってきました。

 

自分には才能がないと気づいた18歳

— もともと起業したいと思っていたのですか?

もともと将来の夢はサッカー選手になることでした。

高校時代は、Jリーガーを輩出するようなサッカーの強豪校に入学し、部員は100人越える中、サッカー付けの日々を送っていました。

その中でも私はプロを目指していたので、日々努力を重ねるものの、優秀な後輩がいたことから、高校最後の試合では、応援席から見守ることになりました。

周りは努力を重ねピッチに立ち健闘する一方、自分はベンチにもピッチにも入れない中、「自分には才能がない」と気づきました。

自分の努力は実らない、そんな悔しさ、もどかしさが糧となり、「このピッチに立ってる奴にはできないことをしよう」と次第に思い、起業家だった祖父に憧れがあったこともあり、起業が選択肢となりました。

 

応募が自分ターニングポイントだった

— 学生時代はどのような生活を送っていたのですか?

高校時代の挫折を引きずり、大学に入学後、サッカーからは離れました。

麻雀、ゲーム、バイクなどに明け暮れる日々で、本当に自暴自棄になっていました。

しかし、バイトをしようと求人を漁っていた際に、元セネガル代表のサッカー選手がバーをオープンするという求人を見つけ、応募しました。

バーで働かせてもらうことはできなかったのですが、私のサッカー経験からオーナーが運営している少年団のクラブチームのコーチを務めることになりました。

しかし、外国人の子供達が多く、まともにコミュニケーションが取れず言葉にできないもどかしさから、英語を学ぼうと思うようになりました。

そこから、アメリカに単独で乗り込みヨセミテ公園のピザ屋でバイトをすることになり、そこで出会った各国の友達と関わることが非常に刺激的でもっと色々な世界を見たいと考え、世界一周の旅に出ることにしました。

 

世界一周で経験したゼロイチ

世界一周では航空券の買い方もよくわからず、なんとか貯めた100万円も数か月で底をついてしまうことになりました。

まだ旅を初めて間もないのにどうしようもなく悩んだ結果、自分でお金を稼ぐことを決めました。そこからは輪投げ屋をやったり、靴を売ったり、ダンスをしたり、路上演奏したりと様々なゼロイチに挑戦しました。

「ゼロイチ」が純粋に楽しいなと感じ、起業という選択肢がだんだん明るみに出てきました。

 

旅中で大好きになった中南米でビジネスを展開

— どうしてメキシコをビジネスの舞台にしようと考えたのですか?

世界を旅をしていて、僕が一番好きなったのが中南米という地域でした。

ラテンの陽気さや、明るく人生を全力で生きている彼らに魅了され、約1年間中南米に滞在していました。

中南米にベタ惚れし、将来はこの舞台でビジネスをするぞ、と意気込んだのを覚えています。

しかし、いきなり中南米で起業しようと思っても経験もノウハウも何もない。

そこで、日本に帰国後は総合商社に就職し、これまた数奇な運命なのですが、旅で習得したスペイン語が評価され、中南米とつながりのある配属に決定されたのです。

会社員時代にメキシコが市場として魅力的だと感じた理由は、以下の通りです。

 

  • ここ数年でのメキシコへの日系企業(主に自動車)進出数が急増
  • 人口が1億人を超えるビッグマーケット
  • 新日国家であること

 

これらをメキシコでビジネスを展開する根拠とし、3年間務めた総合商社を辞め、起業に至りました。

今後の展望

— 今後の展望を教えてください。

メキシコでビジネスを始めたときは、嫌がらせを受けるなどたくさんの辛いことがありましたが、現在では仲間にも恵まれ、ビジネスも軌道にのり、いよいよこれからといったところです。

また、私たちの会社が運営するバーは「Encounter」という名前です。これは日本語訳にすると、「出会い」になります。

 

「Encounter」は現在東京渋谷と羽田空港、メキシコはグアナファトの合計3店舗を構えています。

「Encounter」は、新しい出会いを創出し、また人々にとって帰ってこれる、そんな居場所づくりを行っています。

 

これは私自身、たくさんの「出会い」を通じて得た「縁」から今の自分があり、その思いを込めて付けました。

最近では今日本中を騒がせているアニメ映画「この世界の片隅に」のプレミア上映試写会をメキシコで開催する上で、コーディネートを行うなど、事業の幅も広がってきました。

事業内容としては色々なことにチャレンジしていますが、一つ一つの仕事の「縁」を大事に事業をこなしていきたいと考えています。

 

まとめ

同じ地域・土地に長期間滞在してしまうことは旅の界隈では「沈没」と呼んでいます。

僕も西側さんと同じように世界一周を経験し、色々な国を経験しているので、気に入った土地があると沈没してしまう気持ちが本当によくわかります。

沈没がビジネスに展開してしまったお話でした。

しかし、沈没以前に西側さんは挫折を経験し、挫折から息を吹き返したのは一つの応募でありました。

ほんとのキーワードは沈没ではなくて、挫折、応募なのです。

挫折をただの挫折とするのではなくて、悔しい、見返してやろうと意気込んだマインドと応募が今の挑戦につながっているのでしょう。

こういうマインドは社会に出てから非常に重宝されるため、体育会系の部活出身者が就活に強いなどと言われ、企業から必要とされるのですね。

また、人生を変えるのは応募ともよく言われますが、西側さんのエピソードは本当にこれを体現していました。

 

 

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